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今夜の番組チェック

狭山事件各種イベント参加報告
狭山事件の第3次再審請求に向けて
平野 雄三 (求める会代表) 

 この10月下旬、狭山事件の第3次再審請求に向けて、連続した様々な行動があり、下記の4日間の行動に参加することができた。
 その結果、今年3月に最高裁が狭山事件の第2次再審請求・異議申し立てを棄却した以降、これまで支援活動を前面で中心的に担ってきた部落解放同盟が、次の第3次再審請求で必勝を期すために、支援態勢を基本から作り直して、今まで以上に広範な世論に訴えることに力点を置いた新たな闘いの布陣を、徐々にではあれ確実に整い出しているとの実感を得た思いがした。

◇ 10月22日(土)
 狭山現地調査(主催:狭山事件とえん罪を考える東京南部の会)
◇ 10月24日(月)
 東京・池袋を主たる活動の場にしている「石川さんを取り戻そう23日の会」の狭山学習会(東京・池袋)
◇ 10月29曰(土)
 狭山再審闘争勝利に向けた徹底討論会「第3次再審に向けて〜いま何が問われているか」(埼玉県・狭山市市民会館/部落解放同職中央本部と狭山事件の再審を求める市民の会の共催)
◇ 10月30日(日)
狭山事件の再審を求める市民集会〜狭山から全国へ 全国から狭山へ〜(狭山市・旧入間川小学校跡地/主催:狭山事件の再審を求める市民集会実行委員会)


現地調査〜都市化で荒神様も移転寸前
 10月22日(土曜日)の現地調査は、私の居住地域である東京・品川区を中心に組織された、狭山事件とえん罪を考える東京南部の会が主催して行われた。70〜80年代には、毎年のように調査に出掛けたとの思いがあるが、この10年間で狭山現地調査に赴いたのは、石川一雄さんが1994年末に仮出獄してから1〜2年くらい経過した後と、石川さん宅が火事で全焼して、被害者の万年筆が発見されたとされている「鴨居」の部分が復元された直後と、そして今回が3回目である。
 この日は、時々小雨がパラツクような天候であったが、およそ30人の参加があった。まず最初に、西武新宿線・狭山市駅から徒歩5分の場所にある荒神様に行った。事件当日(1963年5月1日)の午後、石川一雄さんが狭山市駅(当時の入間川駅)前から被害者との出会い地点まで、この荒神様の前を通ったことにされている。付近の人の話では、この日は荒神様のお祭りで露店が出て人出があり、祭りにつきものの音楽が流されていたという。しかし、「荒神様付近で石川さんを見かけた」と言う人はなく、「犯行経路」とされてはいるが、裏付けが取れていない。最寄りの西武新宿線・狭山市駅は西武新宿駅から急行で約50分という、絶好の通勤圏である。昔の狭い農道のままに都市化が進んでしまい、住宅やマンションが立ち並び、道路整備を中心に区画整理が進行していた。これに伴い、荒神様はこの10月中に100mばかり南に移転するとの掲示が出ていた。
 その他、事件に関連する各地点でも都市化の進行はすさまじいばかりで、事件が起きた1963年当時、農村だった地形的な面影は薄れていく一方である。例えば、被害者と石川さんの「出会い地点」とされた道路は、狭い農道ではなく既に拡幅されていたり、「殺害現場」とされた雑木林は伐採されて跡形もなく、住宅と駐車場に変わっていた。それでも今回はまだ、駐車場の部分には立ち入ることができたが、いずれ住宅が建ち、「殺害現場」に立つことも出来なくなるのは必至であろう。
 数年後に、狭山事件の現地調査をやろうとすれば、進行中の区画整理に一定の完成が見込まれるので、さらに都市化が加速して、これまでの踏襲では「現地調査」は、もはや成り立たなくなると思われる。新たな工夫(例えば事件当時の地理模型や写真の展示、動く映像の上映など)を加えて、第3次再審請求を勝利に導く方策が必要であろう。
 現地調査終了後に、石川一雄さん石川早智子さんご夫妻と交流する機会があり、「鴨居」から「発見」されたことになっている「被害者の万年筆」の捏造説の取り扱いに関して、短い時間ではあったが討論できたことは、とても有意義であった。
 これは、袴田事件で「犯行着衣」とされた「5点の衣類」の捏造論と共通する課題であり、裁判所に対して「どのように主張していくのか?」、袴田事件・狭山事件の両弁護団が合同で討論する機会があれは、再審請求に向けた新たな展開が期待できそうだと思った。

狭山現地調査(1022日)終了後、石川一雄さん(中央)、石川早智子さんご夫妻との交流会が開かれた。


石川さんを取り戻そう23日の会、学習会
〜袴田事件と狭山事件の類似点〜

 10月24日(月)の夜、東京・池袋にある豊島区勤労福祉会館で、石川さんを取り戻そう23日の会の狭山学習会が開かれた。狭山事件の支援活動を日常的に行っているが、今回は、「冤罪をつくる取調室〜袴田事件と狭山事件の類似性」と題する学習会として、狭山事件の支援も行ってきた私が講師として招かれた。
 当日は、石川早智子さん(狭山事件の当事者である石川一雄さんのパートナー)が、ご多忙にもかかわらず狭山市から足を運んで、学習会の輪に加わって下さった。
 冒頭に、主催者が選定した袴田事件に関するビデオ映像(SBS(静岡放送)制作、昨年5月に放映の「宣告の果て」)を紹介した。多少情緒的だとのご意見が出されたが、袴田事件の概要を映像で短時間に紹介できた。
 続いて、私が袴田事件の概要を簡単に紹介し、狭山事件との類似点を、@差別的な観点からの逮捕(部落差別とボクサー崩れ)、A「自白」させられるまで長期間に及ぶ否認、B物的証拠の脆弱さ(脆弱さを補うため、警察のリーク情報をマスコミに報道させて、世間に犯人視を扇動した)、C自白が最大の証拠(本質的には「自白」が唯一の証拠であるのに、批判を避けるために、狭山事件では脅迫状を、袴田事件では凶器と犯行着衣を、最大の物的証拠とした)、D物的証拠の捏造説(狭山事件では被害者の万年筆、袴田事件では犯行着衣)、E「自白」させるための苛酷な収り調べ(長時間の取り調べと拷問の他に、狭山事件では再逮捕と川越分室の特設取調室、袴田事件では厳しい残暑の時期に、西日が当たる取調室)、F再審棄却理由において、確定判決を変更したかのような、不利益再評価を行う、G裁判官選任におけるアンフェア(狭山事件では最高裁、袴田事件では東京高裁)、などの観点から話した。この類似点は他の冤罪事件でも、かなりの項目が当てはまりそうなことばかりである。
 出席された皆さんは、袴田事件に関して事前に配布した各種の資料(東京高裁棄却決定の概要、日弁連再審通信、日弁連人権ニュース、青年法律家、法律新聞などの写し)を丹念に読まれており、鋭い質問が出されて、講師として久しぶりに感激した覚えがある。
 さらに、前々日に狭山事件の現地調査をした直後と、石川早智子さんが出席されていることもあり、袴田事件弁護団の田畑知久弁護士が執筆されて、「袴田事件の現状と課題」と題して「自由と正義/11月号」に掲載された論文から、前述の「物的証拠の捏造説」に関して、袴田事件弁護団で議論している証拠の捏造説の取り扱いの一端を紹介した。

狭山再審闘争勝利に向けた徹底討論会
 10月29日(土)に開かれた、狭山再審闘争勝利に向けた徹底討論会「第3次再審に向けて〜いま何が問われているか」(埼玉県・狭山市市民会館/部落解放同盟中央本部と狭山事件の再審を求める市民の会の共催)は、全国から400人を越える支援者が結集した。
 主題である「第3次再審に向けて〜いま何が問われているか」に則して、主催者の問題提起は、主として以下の2点だと主観的に受け止めた。一つは、「部落差別を知らなくて普通の事件として見ても、狭山事件は冤罪だと言えるか?」」。二つは、「部落差別と狭山事件が、労働者や市民の課題になっているか?」である。
 討論に先立ち、主催者を代表して組坂繁之さん(部落解放同盟中央本部委員長)の挨拶と、石川一雄さん石川早智子さんご夫妻の決意表明、4つの報告(@中山武敏さん/弁護士、狭山事件弁護団主任弁護人、A松岡徹さん/部落解放同盟中央本部書記長・参議院議員、B庭山英雄さん/弁護士、狭山事件の再審を求める市民の会代表・C鎌田慧さん/ルポライター、狭山事件の再審を求める市民の会事務局長)を受けた。その後に4つの報告に関して、会場内から15名の方々が様々な観点から質問や意見が述べられた。質問には主として中山弁護士、庭山弁護士、片岡さん(部落解放同盟埼玉県連委員長・部落解放同盟中央執行委員)が答え、最後のまとめを、鎌田慧さんと松岡徹さんが行った。
 鎌田慧さんは「いままでの支援運動の仕組みを変えようと考えて、集会を実行委員会形式にした。運動を市民の間に大きく広げていきたい」と述べ、松岡徹さんは「マイノリティの問題は沢山あるが、私たちは部落解放同盟だ。実行委員会形式の集会は、市民や労働者の中に部落差別への理解を、さらに広くするための必然だ」と結んだ。

狭山事件の再審を求める市民集会
〜狭山から全国へ全国から狭山へ〜

 集会は10月30日(日)に、狭山事件の再審を求める市民集会実行委員会の主催の下、埼玉県狭山市・旧入間川小学校跡地で開かれた。降雨の予報だったが・曇天で時折薄日がさすという、この時期の屋外としては暖かく、お誂えの天候に恵まれた。
 前半は、集会実行委員会を代表して組坂繁之さん(部落解放同盟中央本部委員長)の挨拶、弁護団報告を中山武敏さん(狭山事件弁護団主任弁護人)、石川一雄さん石川早智子さんご夫妻が無実を改めて訴え、「生い立ちと決意」と題して石川一雄さんと鎌田慧さんの対談が、連続して手際よく行われた。
 会場が、地元・狭山市が所有する旧入間川小学校跡地ということから、来賓として現職の狭山市長である仲川幸成さんが出席して挨拶を行った。「再審を求める」集会に、事件の被害者遺族も同じ地元に居住している現職市長が出席して挨拶されたことは、狭山事件の支援運動が広がっている象徴と受け止められて、感慨深いものがあった。
 仮に袴田事件の「再審を求める」集会に、地元の現職市長へ出席を求めたら、どのような回答が来るのだろうか。これまでは「ダメに決まっている」と勝手に片付けて、微塵にも考えたことがなかったが、一考に値すると思う。
 後半は、庭山英雄さん(狭山事件の再審を求める市民の会代表)のアピールに始まり、各地の冤罪事件を代表して、人権と冤罪・連絡会(準備会)世話人の山際永三さんが「日本にはなぜ冤罪が多いか」と題して連帯の挨拶を行い、再審請求している狭山事件の他、名張事件、帝銀事件、波崎事件、袴田事件などの紹介と、この9月に札幌高裁が札幌地裁有罪を支持した冤罪・恵庭事件の判決を批判した。(前回の5月24日に日比谷野外音楽堂で開かれた市民集会では、袴田事件が紹介されて、本会から私が連帯の挨拶を行った。)
 続いて、作家、映画監督、評論家、労働組合、狭山事件を考える住民の会・宗教者など、多彩な方々からの連帯の挨拶があり、世界各地から寄せられた連帯のメッセージが紹介された。■