
ボクシング界の袴田巌さん支援の体制は整った
求める会事務局長 鈴木 武秀
11月20日(月)最高裁前。日本のボクシング界に燦然と輝く元世界王者たちを、黒だかりの報道陣が取り囲む。行く先々で差し出される多数のマイク、まぶしいばかりのフラッシュ。
ふと「こんな光景、2年ぶりだな」と思った。
2004年8月27日、即時抗告の棄却決定直後、東京高裁から出てきた巌さんの姉・秀子さんに凄まじい数のマスコミが押し寄せてきた。感想を求められ「残念です」とひと言だけ残し、その場を立ち去る秀子さん。その左肩を無言で抱えながら、殺到する記者の、あまりに非情な質問の嵐を遮った。
あれ以来、事件発生40年という時の流れも手伝って、すっかり埋もれていた「袴田(えん罪)事件」の名が、この日再び世間にその姿を現した。ほとんどのテレビや新聞がこの日の要請行動について伝えていたし、Yahoo週間検索ランキングの時事部門では、「袴田事件」が9位にランクインしたそうだ。
約500通という数の要請書が寄せられたのも、当日の午後、3年8ヶ月ぶりに巌さんと家族らの面会が実現したのも、東日本ボクシング協会が支援に立ち上がった効果からに他ならない。
再審開始を求める世論の喚起は、重要な支援活動のひとつだが、一方でボクシング界は地道な取組みも行っている。
確定死刑囚である袴田さんは不当なまでの面会制限がされており、そのことが精神の変調をもたらしたといっても過言ではない。
そんな袴田さんの閉ざされた心に少しでも刺激になればと、今年4月からボクシング専門誌の差し入れを行ってきた。本号3頁の面会報告にもあるとおり、袴田さんは差入れられたボクシング誌を目にしていることを秀子さんに語っている。
そして9月には東京拘置所に口頭でボクシング関係者の面会を認めるよう要請。さらに、一向に取り上げる気配を見せない拘置所側に対して、ボクシング協会員の面会を求める「要請書」を配達証明郵便で提出した。(本来は直接手渡す予定であったが、拘置所側が郵送以外での受け取りを拒否した)
東日本ボクシング協会会長の輪島功一さんは「直接袴田さんと会って昔のボクシングの話をすれば、きっと精神状態も良くなるはずだ」と語っている。
矢継ぎ早に実行に移されるボクシング界の支援活動だが、一方で地に足をつけた取組みにも余念がない。12月20日(水)には、協会員の袴田事件に対する理解を深めようと勉強会を企画している。講師には袴田事件弁護団の秋山賢三弁護士を招く。
そしてもうひとつ、ボクシング協会が重視しているのが、弁護団、家族、支援団体との連携である。東日本ボクシング協会は、袴田巌再審支援委員会(輪島功一委員長)を設置、新田渉世実行委員長が各支援団体との連携にあたっている。また、10月21日(土)には袴田事件弁護団会議に新田氏が出席。支援活動の協力と連携を申し入れた。
ボクシング界は過去においても、袴田事件の支援に熱心に取り組んできた時代があった。しかしながら肝心の支援者や弁護団が、必ずしも一枚岩とはいえない状況が続いてきたため、いまひとつ効果的な活動に結びつけることができなかった。そんな過去を繰り返すまい、という強い決意が今のボクシング界からひしひしと感じられる。
ボクシング界の袴田さん支援の体制は整った。あとは私たち支援者や弁護団が、どれだけ力をひとつにできるかにかかっている。責任は重い。
そして勝負はこれから、である。
最高裁前に膨れ上がる報道関係者を前に、袴田巌さん、そして秀子さんと歓喜の抱擁ができるその日まで、一丸となっての前進あるのみだ。■